大判例

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仙台高等裁判所 昭和29年(う)301号 判決

しかし、公職選挙法第百四十六条第二項の禁止を免れる行為としての挨拶状頒布の罪の成立するには、挨拶状の名宛人は非有権者であつても、その名宛人の父兄たる有権者において挨拶状の封筒に記載された公職候補者等の氏名を見る機会があり得るのみでなく、その氏名の者の挨拶状を貰つたことを名宛人からその父兄たる有権者に通常伝えられると認められる事情の下にある場合には、犯人においてこれを予期した以上、同罪の成立に何等欠けるところなく、また同条にいう頒布とは多数人に配布することを指称するものであつて、その多数人が不特定たることは必ずしもこれを要しないものと解すべきである。

原審の認定した事実によれば、「石田被告人は角田候補者に当選を得しめる目的で、同候補者の氏名を選挙区内の選挙人等に広く知悉せしめるため、同人等の子弟で石巻高等学校、石巻商業高等学校、石巻女子高等学校、石巻家政高等学校、飯野川高等学校、宮城水産高等学校の昭和二十八年度新入学生等に対し祝状を送らんことを企て、同年四月十二日頃角田候補者選挙事務所で、「この度たくさんの中から選ばれて目出度晴れの御入学をなさいましたこと云々、心から祝福いたすものであります云々、四月十二日角田幸吉」と記載した文書を謄写版刷にして、これを吉村英二等約九百名に宛て封書にし、その頃これを通常第一種郵便物として投函して郵送配布した」というのであるから、石田被告人は角田候補者に当選を得しめる目的で、名を入学祝状にかり、実は公職選挙法第百四十二条の文書の頒布につき禁止を免れる行為として公職の候補者角田幸吉の氏名を表示してある文書を多数人に配布したものであつて、右の事実は原判決挙示の証拠により優に証明できるところである。そして、その挙示する証拠に同被告人の検察官に対する第一回(昭和二十八年六月四日附)供述調書を参照すれば、右封書の封筒には角田幸吉の氏名が記載されてあるから、名宛人の父兄たる有権者がその封書を披見しなくとも角田幸吉の氏名を見る機会があり得るのみでなく、これを受取つた新入学生等は開封してその入学祝状であることを知つて喜び、このことを有権者たる父兄等に告げたり、その祝状を見せたりするのが通常であると考えられ、しかもこのことは石田被告人において予想して計画したものであることが認められるから、本件挨拶状の宛名が直接有権者に対し宛てられたものでないことは何等公職選挙法第百四十六条第二項違反の罪の成立を妨げるものではない。所論原判決が角田候補者の氏名を選挙区内の選挙人等に広く知悉せしめるためと判示したのは、選挙区内の原判示各学校の昭和二十八年度新入学生の父兄たる有権者等に同候補者の氏名を知悉せしめる趣旨であることは判文全体を通じて自ら明かであり、従つて石田被告人が配布した対象は右新入学生の父兄等有権者という特定の者達だけであつたとしても、それは原判示の如く約九百名の多数に配布したものであるから、同被告人の所為か前記法条の頒布にあたることは当然である。かつまた、右同候補者の氏名を表示した挨拶状の配布が選挙運動の期間中同候補者の選挙区内になされた事実により、右行為は公職選挙法第百四十六条第二項により同法第百四十二条の禁止を免れる行為とみなされるのである。のみならず、右事実のほか前記六高等学校の新年度入学生約九百名に対し通常ならば出されなかつたであろうとみられる入学祝状を配布したものであること、それは角田被告人の選挙運動者がなしたものであること等の行為の時期、地域、形式、規模等の客観的事実により、それが選挙運動のためになされたことを判断し得るのであつて、これを以て所論のように、直接選挙に無関係な普通に行われる儀礼的な挨拶状であつて、前記法条にいわゆる頒布に当らないものとなすを得ない。

更に、記録を精査しても原判決の右事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。されば、原判決には所論のような事実の誤認や法律の解釈適用を誤つた違法等はない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

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